松岡 智著 『農婦ふさ』 | 逍遥録 -衒学城奇譚-

松岡 智著 『農婦ふさ』

時代は戦前から戦後にかけて。

貧しい百姓、真吾に嫁いだふさの一代記。

農村のオンナとして、泥にまみれて働き、コドモを育て、老いていく。

単純にして、明快な人生。


* * *


ただひたすら、ふさとその家族が生きていくための苦難の歴史――と簡単に云ってしまうが、そんなありきたりの言葉ですむものではないでしょう。

ふさ自身、走った汗で汚れを流すとまで云われた、ろくに水のない地方から嫁いできて、新婚のその翌日から畑に出て、朝から晩まで、休む間もなく働かなければなりませんでした。

そんな時代であったワケですし、そうしなければ貧しい百姓なんて、生きていけなかった。

ふさと真吾の夫婦も、たくさんのコドモを育てながら必死です。

その中で智恵をしぼって、少しでも見入りの多い作物を作ったり、蚕を育ててみたり、したたかに生きていこうとします。

生きていけないから、何か別のコトをすればよいのではってのは、現代人の感覚。

大地にはりついて生きている者には、他に道はない。

苦難云々ではなく、そう生きるしかないのです。


……なんて描いてはみましたが、百姓が悲惨な運命に翻弄されてるなんて、単純に考えてはいけません。

百姓は強い、したたかです。

極貧の中、少しでも得になる方へ得になる方へ、動きます。

それもまた大地に生きる者の本能。


さてさて、物語の内容云々よりも、舞台となった時代の描写が興味深い。

書かれたのは昭和30年代。

作者自身が前文で書いているように、その当時ですら農地解放前の百姓の仕事や風習が「遠い昔のおとぎ話のようにさえ思える」と評しています。

昔を知る者が、少しでも書きのこしておかねば――そういった想いが、作者にこのハナシを書かせたものでしょうか。

これがロシアで描かれていたら、絶対革命のハナシになっていたろうな。


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評価:★★★☆☆


全会話、方言。

こんなハナシを書評するヤツなんて、まず間違いなくいねぇ。

作者の松岡智は、九州の地方作家のため、おそらく知るヒトもいないでしょう。

書店では流通していないし、普通の図書館とかじゃ、おそらく置いていないでしょう。

入手すら不可能ですし、存在を知ることすらできません。

ましてや、今このようなハナシを書ける作家もいません。

こーゆーハナシは、今読んでおかないと、もう読めなくなるかもしんない。

少しずつ、こういった作者のハナシを読んでおくかなぁ。